待つ女たち


 繊細で詩的な作品。ゆっくりと映像のなかへ入り込んでいくかのような錯覚に陥っていく。ピエロ・メッシーナ監督の『待つ女たち』は、シチリアの古い屋敷でひっそりと暮らす女性が、やってきた息子の恋人と一緒に、息子が帰ってくるのを待つ数日間の物語である。パオロ・ソレンティーノ監督の助監督を務めたメッシーナ監督の長編デビュー作。シチリア出身のノーベル賞作家ルイージ・ピランデッロの戯曲「私が与えた人生」(1923年)がこの映画のベースとなっている。

 使用人のピエトロと共に古い屋敷で住むアンナのもとに、パリからジャンヌという娘が訪ねてくる。ジャンヌは息子ジュゼッペの恋人だという。彼に招かれ、バカンスを過ごしにシチリアへやってきたのだ。だが、息子はなかなか帰ってこない。アンナはジャンヌに、息子は復活祭には帰ってくるだろうと告げる。彼を待つ数日間、二人は徐々に心を通わせていく。息子はいったいどうしたのだろうか。そして復活祭の夜がやってくる。

 映画の中では、息子が帰ってこない理由は明確には描かれていないが、監督によれば、息子は死んでいるということである。ラスト近く、入浴している息子とアンナが手をつなぎながら静かに語り合うシーンが涙腺にくる。実際は死んでいる息子とアンナとの空想上の会話である。母親が見たいと思っている場面をインサートした。

 映画の冒頭から絵画のような映像が続く。「映画の中の風景は登場人物の精神を示すものだと思っている。楽器でいえば、ギターの穴のようなもので、穴があるからこそ、音が出る。風景は心の延長線上のものだと思う」とメッシーナ監督は自分の信条を力説する。

 母親アンナをジュリエット・ビノシュ、息子の恋人ジャンヌをルー・ド・ラージュが演じる。二人ともフランス人という設定だ。ジャンヌ役は脚本段階からフランス人だと決めていた。土地勘のない外国人がシチリアにやってくるということにしたかったからだ。一方、母親アンナ役は、脚本段階ではイタリア人女性だった。キャクティングが進むうち、この役はビノシュしかないと思い、メッシーナ監督は脚本のほうを書き直し、アンナはシチリアに住むフランス人という設定にした。「とにかくジュリエット・ビノシュを使いたいと思い、自分にとって言語はあまり問題ではなかった」とメッシーナ監督は打ち明ける。
  また、息子の恋人役についても6カ月ほどパリでオーディションを続けたが、なかなか適当な女優が見つからなかった。別の女優に決めかけていたが、最終日に遅刻して現れたルー・ド・ラージュを見た途端、監督はこの役に持っていた自分のイメージが崩れた。そして脚本を書き直し、彼女をキャスティングすることにした。

 このように、脚本段階とは異なり、フランス人女優をふたり起用する形となったが、結果的に、ふたりの共演が映画に奥行きを与えることになった。

 劇中、アンナはずっと石のように無表情だ。だが、荘厳な復活祭の後、初めて顔の表情を作る。どこで彼女が感情を表すのかについては、かなり演出が作り込まれている。例えば、アンナがエアマットを抱くシーン。彼女がいつ感情を爆発させるか、見ていてハラハラしてしまう。メッシーナ監督は「あまりにも辛くて感情すら示せないさまを描きたかった」と演出意図を説明する。

 ずっと無表情だったアンナは最後の最後に涙を流す。だが、これは悲しみを表しているのではない。「やっと泣くことができたね」ということなのだ。感情すら示せない状態から、涙を流すことができる状態にまで心が解放されたということ。彼女にとってのハッピーエンドなのである。


(2016年5月1日午前10時20分、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭2016)(矢澤利弘)

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舞台あいさつで登壇したピエロ・メッシーナ監督(撮影:矢澤利弘)

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