あなたたち

 ジュゼッペ・M・ガウディーノ監督の『あなたたちのために』は、テレビドラマの制作現場でプロンプターとして働く女性アンナの心の再生を描いている。主演のヴァレリア・ゴリーノは、この映画でヴェネチア映画祭の最優秀主演女優賞を受賞。ドキュメンタリー映画を数多く手がけてきたガウディーノ監督が18年ぶりに撮った第2作目の劇映画である。

 勇敢だった女の子が長じて3人の子の母親となるが、歌手だった夫は夢破れ、妻に暴力をふるう。映画であれば決して珍しくないありきたりの設定にも思われる。こうしたストーリーに対して、アンナの夢と記憶はカラー、現実の世界はモノクロで描かれる。彼女の日常には色がないのだ。バスの中が水浸しになるなど、自由闊達な映像表現でアンナの内心を描こうとしている。

 この映画は旅の物語だとガウディーノ監督。アンナの心の旅路である。旅の物語を成立させるのが、ナポリの美しい風景と女優ゴリーノの美しさだ。「女優の顔は重要で、大写しにされた顔に欠点があったら、うまく表現できなくなる」と監督は説明する。

 アンナはプロンプターとして、また両親を助ける人物として、コミュニケーションの担い手だが、彼女自身といえば、言葉を持っていないのが面白い。

 この映画は実現するまでに7年かかっている。夢のような部分と、リアリズムの部分をいかにつなぐかが難しいところだが、手際よくまとめている。モノクロの部分は色を失ってしまったアンナの日常生活を示す一方、カラーの部分はアンナが自分の魂と向き合う瞬間を示す。ビビットな色彩はアンナの魂の色なのである。数々のイメージの破片が浮かび上がってくるシーンは、まるでジョルジュ・メリエスの映画の世界のようで視覚的にも面白いが、アンナの心の叫びを示していると理解できる。

 主人公のアンナは、何年も他人に尽くして生きてきた。ところが、何年も続けてきたパート勤務から正式採用になることで彼女は自由になっていく。人生のなかで大きな意味を持つものができ、彼女は勇気を取り戻せたのである。

 暴力をふるう夫の裏稼業は高利貸しであり、この映画では高利貸しを貧しい人々を食い物にする諸悪の根源のように扱っている。借金に悩まされている市民はイタリアのみならず、日本でも同じだ。社会の構造はどこでもそう変わるものではないのだろう。


(2016年4月30日午後1時15分、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭)(矢澤利弘)


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ジュゼッペ・M・ガウディーノ監督(右)と脚本家のイザベッラ・サンドリ(左)、二人は夫婦
(2016年4月30日、撮影:矢澤利弘)