フランチェスコ


 何よりも法王の人物像に惹かれる。ダニエーレ・ルケッティ監督の『フランチェスコと呼んで−みんなの法王』は、イタリア人移民の子として、1936年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生まれたマリオ・ホルへ・ベルゴリオが、2013年3月に第266代ローマ法王に就任し、フランシスコと名乗るまでの激動の半生を描く。

 法王フランシスコは現在もカトリック教会の改革を進めている。彼の活動は、イタリアの人々の日常にも影響を与え、イタリア人の教会へのイメージも変わってきている。今までイタリアでは常識だと考えられていたことに対して、人々が問題意識を感じることになったのだという。信教がないというルケッティ監督だが、「なぜ、いまこういう人物がでてきたのかということを考えた。映画を撮った後、信仰を持った人をより信じられるようになった」と打ち明ける。

ルケッティ監督は社会派の映画を多く手がけている。プロデューサーがこの映画の企画を立てた時、法王のプロパガンダ的な映画にはしたくないということで、ルケッティ監督に依頼が来たといういきさつがある。ベルゴリオはイエズス会に入会後、若くして同会のアルゼンチン管区長を務め、その後、ブエノスアイレス大司教、枢機卿へと出世していく。彼が管区長の地位にあった時期は、アルゼンチンの軍事独裁の時代と重なる。ルケッティ監督は、アルゼンチンに行き、映画制作の準備のために現地の人々にインタビューをしていくうちに、「あの時の時代の清算はまだ終わっていない」と感じ、監督のオファーを断ろうと思ったが、こうしたことを知ってしまった以上、やめるわけにはいかないと決断した。

 映画のなかでは、軍事政権による市民の虐殺シーンが描かれる。イエズス会司祭の拉致、拷問。行方不明となる学生たち。飛行機から投げ捨てられる反体制派の捕虜たち。ベルゴリオにとって、怒りと悲しみの連続だ。

 常に弱いものの側に立ち、行動し続けたベルゴリオは、ついに法王として選出されることになる。史上初のアメリカ大陸出身の法王の誕生だった。彼は人生の最後の最後で夢を叶える。これは一つの寓話なのだ。ラストシーンに向かって、涙がじわっと出てくる作品に仕上がっている。だからといって、この映画は悲劇ではない。教会は世界の隅々からベルゴリオという逸材を探し出して、彼を法王に選出した。正しい行いをすれば、必ずそれを評価する人々がいる。この映画の根底にあるのはルケッティ監督が語るように「ハッピーエンド」なのだ。


(2016年4月30日午前10時20分、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭2016)(矢澤利弘)


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ダニエーレ・ルケッティ監督(2016年4月30日、撮影:矢澤利弘)